マメの思い出

以前(10年以上前)、田端の動坂下に住んでいたころ、坂の途中に、酒屋、豆腐屋、魚屋など個人商店が、ちらほらと、いくつか残っていた。


その中の肉屋の、なりは大きいが並んでいる商品はいくつもないというウインドウに「マメあります」と書かれた紙がはり出されていた。


肉屋でマメといえば、腎臓のことだろう。しかもわざわざ紙に書いてはり出すとは、特別新鮮なもの? あるいはこの肉屋だけの特別商品? 何か買い得感をそそられるのである。


早速、買ってみたのである。まあ、レバーみたいなものだろうと、牛乳に漬け込み、よく血抜きしてから、ガーリックとオリーブオイルでソテーして食べてみた。


はじめの何口かは、温かいせいもありすんなり食べられたが、食べ進むうち・冷めるうちに、アンモニア臭が気になり出し、どうにもこうにも食べられなくなった(しかも、100グラム50円だったので、500グラムも買ってきた)。


マメを調理する方法を知らなかったわけだし、欲張ってたくさん買ってきたのも良くないね。と、そのときは自分自身を納得させた。


数日後、その肉屋を通りかかると、「マメくださ〜い」と頼んでいるお客に出会った。やはり。この店はマメで有名だったのか。


ブランドの服に身を包んだ、マメ好きな、そのご婦人の脇には、近寄るのも恐ろしい、立派なボクサー犬が。


店主は(その頃はまだ「店主」ではなかったが。蛇足)、その光景を見た瞬間、悟ったのである。


「マメ好き」なのは、ご婦人ではなく、その犬であることを。