都電で英語

都電を使ってよく外出するのだが、同じような時間に乗ると、やはりほかの乗客も同じ時間に乗るのか、だんだん知った顔が増えてくる。


別に挨拶するわけでもないし、向こうでは、こちらを認識しているふうでもないので、一方的に見ているだけなのだが。


今日も、よく見かける、インターナショナル・スクールに通わせているらしい、母子に出会った。


通勤客で混み合っているが、皆押し黙って車内は静かなのである。その母子は、特に母親が、大きな声で、しかも英語で、小学校1年生ぐらいの子供をいつも叱りながら乗り込んでくるので、すぐわかる。都電に英語。なんてミスマッチ。


あろう事か、今日は店主の隣に座ってきた。浴びせられる苦言に本を読んでいられる場合ではない。本を閉じ、目をつぶって、耐える。


母親の英語に対して、子供は日本語で返事している。母親は、途中から日本語になって子供を叱っているのである。「なんで、お母さんに何回もいわせるの」「間に合うように出るにはどうしたらいいのか、考えてみて」「もっと早く寝て早く起きて早く仕度すればいいんでしょう」。


子供に考えさせるように見せかけているが、もう答えは決まっているのだ。子供は「何でもかんでもやるのは無理だよ」と抵抗している。無理だと言っているのだから、無理じゃない手段を親が考えるべきだ。どうしたらいいのか、みんなで考えましょうと、車内に叫びたくなるのを、目をつぶって、耐える。


「お母さんだって、早く起きてお弁当を作って自分の仕度もして、いろいろやっているのよ。できないのなら、かわりにやってくれる人を探しましょう」。店主は「私がかわりましょう」と言いそうになるのを、目をつぶって耐える。


ちょうど、都電が王子駅前に着き、乗客の多くが下車し、店主の脇の席が空いたので、急いで立ち上がり、席を移った。もう限界である。いきなり立ち上がったので、めがねが落ちてしまった。


母親は、店主の様子に気が付いたのか、しばらく沈黙した。少し冷静になったのかもしれない。気を取り直したように、手に持っていた英語のテキストを穏やかに子供に読み聞かせ出した。それはそれで、またうるさいんだが。


朝から血圧のあがる都電車内であった。