以前、不忍通りの、動坂あたりに住んでいた。その近くに「創文堂」という新刊本の書店がある。町の本屋、と言うにはずいぶん骨のある本屋だ。まず、岩波書店の本が入ってすぐの左手を占めている。新刊は必ず仕入れてあったと思う。岩波文庫も充実していた。その隣の単行本のコーナーを眺めると、「地元」縁りの著者の棚がある。森まゆみ吉本隆明奥本大三郎……。注文した本は、大抵翌日には届いた。おじさん曰く、「あたしが毎日『神田村』へバイクで行きますからねぇ」。おじさんは二代目だが、先代はやはり近くに住んでいた志ん生とも親しかったそうだ。広辞苑第五版が発売になったとき、創業記念と併せて、新聞に折り込み広告が入っていたことがあった。あわてて店にいき、文字どおり店内に山積みになった中から、お祝い代わりに卓上版でない、大きい版のを買ったっけ。
思い出話になりがちである。毎月福音館書店の『たくさんのふしぎ』を取り置きしてもらっている。福音館は本駒込だから、「神田村」ではなく、本社に取りに行ってもらっている。先日、受け取りに保育園帰りに自転車を走らせたら、日曜でもないのに店が閉まっていた。たまたま出て来たおじさんと目が合ったら、「店を閉めることにしたんです」と言った。急な話である。先月来た時は何も言ってなかったぞ。「奥で事務所はやってますから、そっちに取りに来てください」。私なんぞに何もできるわけではないが、いい客でなかったことが責められる。